大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成9年(ネ)1630号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  本訴対象地の所有者について

請求原因1記載の事実(本訴対象地の所有者)は、当事者間に争いがない。

二  被担保債権の存在、その金額等について

1  本件消費貸借契約の締結

《証拠略》によると、請求原因2項(一)記載の各事実が認められる。

証人蟹田和義、控訴人本人は、本件消費貸借契約の締結を否認し、尻ナシの畑に関する不当利得金一〇〇〇万円、井手ノ上の山林に関する不当利得金二〇〇〇万円の支払のため、被控訴人が蟹田和義に対し、本件各手形を交付したと供述するが、以下のとおり全く信用することができない。

(一)  本件譲渡担保契約証書について

本件譲渡担保契約証書には、本件消費貸借契約上の債務を担保するため、本件譲渡担保を設定する旨記載されており、その末尾には、控訴人の住所・氏名が記載されている。証人蟹田和義や控訴人本人自身も、右住所・氏名が控訴人の筆跡によるものであることを認めている。

控訴人は、本件消費貸借契約、本件譲渡担保契約を締結し、本件譲渡担保契約証書に控訴人の住所・氏名を記載したのである。

(二)  領収証について

控訴人代理人の蟹田和義は、平成二年一二月二五日、被控訴人から本件一五〇〇万円の手形の交付を受け、被控訴人に対し、「土地売却代金」として一五〇〇万円を受領した旨記載した領収証を交付している。さらに、蟹田和義は、同月二七日、被控訴人から本件一〇〇〇万円の手形の交付を受け、被控訴人に対し、「土地代金」として一〇〇〇万円を受領した旨記載した領収証を交付している。以上の事実は、証人蟹田和義自身が認めている。

これらの事実は、不当利得金支払のため手形が授受されたという控訴人主張の事実にそぐわないものである。これらは、むしろ、控訴人が、本件消費貸借契約と合わせて本件譲渡担保契約を締結し、本訴対象地を右消費貸借上の債務の譲渡担保に提供したことを物語っている。そうであるからこそ、控訴人代理人の蟹田和義が、被控訴人から本件各手形の交付を受ける際、被控訴人に対し、本件各手形金を本訴対象地の売買代金として受領する旨記載した領収証を、各交付しているのである。

(三)  登記委任状、印鑑登録証明書について

本件仮登記1をするための司法書士に対する登記委任状には、控訴人の氏名が記載されている。証人蟹田和義や控訴人本人自身も、右氏名が控訴人の筆跡によるものであることを認めている。

《証拠略》によると、控訴人自身が、平成二年一二月二五日、東浦町役場にまで出向き、本件仮登記をするために必要な印鑑登録証明書の交付を受け、被控訴人に対し、直接これを手渡していることが認められる。

控訴人は、このように本件仮登記をするために、被控訴人に対し控訴人の印鑑登録証明書を手渡し、登記委任状に控訴人の氏名を記載している。これらは、本件消費貸借契約及び本件譲渡担保契約を締結していなければ考えられないことである。

(四)  五三五〇万円の借用証書について

(1) 《証拠略》によると、次の事実が認められる。同事実については、証人蟹田和義も大筋で認めている。

<1> 控訴人が、本件各手形の満期に、被控訴人に対し、本件各手形金を支払うことができなかった。控訴人は、被控訴人に対し、本件各手形金以外にも、数件の取引を通じて二千数百万円の債務があった。

<2> そこで、蟹田和義は、控訴人の代理人として、平成三年四月三〇日、被控訴人に対し、本件各手形の金額合計二五〇〇万円も含めて、五三五〇万円の借用証書を差し入れた。

<3> 右五三五〇万円は、控訴人・被控訴人間の平成三年四月三〇日現在での債権債務関係について、控訴人代理人の蟹田和義と被控訴人とが確認し合って算出した金額である。

(2) このように、控訴人代理人の蟹田和義が、被控訴人に対し、既存債務に本件各手形の金額合計二五〇〇万円も加えて、前記五三五〇万円の借用証書を差し入れたのは、控訴人が本件消費貸借契約を締結したからである。

2  本件消費貸借契約の成立及び効力

(一)  争いのない事実等

請求原因2項(二)(三)(四)記載の事実は、蟹田和義が控訴人の代理人であった事実を除き、当事者間に争いがない。そして、蟹田和義が控訴人の代理人として本件各手形を受領したことは、前記1で認定したとおりである。

(二)  本件消費貸借契約成立の有無、時期及び金額について

控訴人は、消費貸借契約は要物契約であるのに、被控訴人は、蟹田和義に対し、本件各手形を交付したのみであり、現金を交付していないので、本件消費貸借契約は成立していないと主張する(請求原因2項(一)に対する控訴人の認否(2))。以下この点につき検討する。

(1) 争点

貸主が、金銭消費貸借の契約締結にあたり、金銭交付の方法として、貸付金額を手形金額とし、返済期日を手形の満期とする約束手形を振り出して、借主に交付することが一般に行われている。

この場合、貸主が借主に手形を交付するだけで、消費貸借が成立したといえるのか、成立したといえるとすると、いかなる時期にいかなる金額について消費貸借が成立するかが、本件の争点の一つとなっている。

(2) 消費貸借契約の成否及び金額について

民法五八七条は、消費貸借は、相手方より「金銭其他ノ物」を「受取ル」によって、その効力を生ずる旨を定めている。これは、消費貸借の成立に金銭その他の物の交付を必要としたもので、一般に要物性といわれている。

ところで、金銭消費貸借の本質は、金銭の持つ価値の利用が借主に委譲される点にあるから、約定の貸金額相当の金銭的価値の授受があれば、要物性は充たされると解すべきである。金銭の交付の方法として約束手形が交付された場合、当事者は、通常、これを約束手形の額面金額だけの経済的価値があるものと認識している。借主が、交付を受けた手形を第三者に割り引いてもらおうと、自己の債務の弁済に当てるため回し手形に利用しようと、授受された経済的価値が異なるとは考える必要はない。

そして、約束手形が満期に全額支払われたときは、手形の額面金額全額について消費貸借が成立すると考える(最判昭和三九・七・七・民集一八巻六号一〇四九頁参照)。

(3) 消費貸借契約の成立時期について

金銭消費貸借における要物性は、前示のとおり、金銭の有する経済的価値が、貸主の負担において借主に委譲されることを指す。貸主は、金銭交付の方法として、約束手形を借主に交付することがある。この場合、もし、約束手形の交付が、金銭類似の経済的価値のないものなら、借主は、通常、手形金額についての消費貸借契約をしないはずである。

借主が貸主との間で、手形金額を消費貸借の金額とする契約をした以上、特段の事情がない限り、その手形は、これを利用して手形割引を受け、あるいはこれを支払のために裏書交付することにより、借受金の交付を受けたのと同一の経済的価値を有するものと推定され、これによって要物性は充たされると考える。

したがって、金銭消費貸借の方法として約束手形が交付された場合にも、特段の事情がない限り、手形交付のときに消費貸借が成立する。

(4) 本件についての検討

本件において、控訴人代理人の蟹田和義は、前示のとおり、被控訴人との間で、本件各手形金額を消費貸借の金額とすることを合意し、各手形の交付を受けて消費貸借契約をしている。そして、同蟹田は、本件各手形を池田章夫(金融業者)の所で割り引き、融資を受けている。しかし、控訴人や蟹田和義は、本件各手形の満期に、被控訴人に対し、本件各手形金を返済しなかった。そこで、被控訴人は、手形振出人として、右各満期に、池田章夫に対し本件各手形金を支払い、池田章夫から本件各手形を受け戻している(前記(一))。

したがって、本件においても、被控訴人が控訴人に対し本件各手形を交付したときに、本件各手形金全額について、消費貸借が成立すると解する。すなわち、本件消費貸借契約が締結されたのは平成二年一二月二五日であるが、本件一五〇〇万円の手形が交付されたのは同日、本件一〇〇〇万円の手形が交付されたのは同月二七日である。それ故、本件各手形金合計二五〇〇万円の消費貸借中、本件一五〇〇万円の手形金については、同月二五日に消費貸借が成立し、本件一〇〇〇万円の手形金については、同月二七日に消費貸借が成立したものと認める。

(三)  利息金、遅延損害金の約定の効力について

控訴人は、利息制限法の趣旨からして、本件消費貸借契約では、利息年一割五分、遅延損害金年三割の約定は無効であると主張する(抗弁3項)ので、以下検討する。

(1) 本件消費貸借契約は、平成二年一二月二五日、本件各手形金合計二五〇〇万円について締結され、うち本件一五〇〇万円の手形金については、同日消費貸借が成立し、うち本件一〇〇〇万円の手形金については、同月二七日消費貸借が成立したものである(前記(二))。

(2) したがって、被控訴人は、控訴人に対し、本来、利息制限法所定内の次の<1><2>記載の利息金、遅延損害金を請求できる。

<1> 本件一五〇〇万円の手形金については、一五〇〇万円に対する平成二年一二月二五日から弁済期(手形満期の日)である平成三年四月三〇日まで年一割五分の割合による利息金、平成三年五月一日から完済まで年三割の割合による遅延損害金。

<2> 本件一〇〇〇万円の手形金については、一〇〇〇万円に対する平成二年一二月二七日から弁済期(手形満期の日)である平成三年一月二六日まで年一割五分の割合による利息金、平成三年一月二七日から完済まで年三割の割合による遅延損害金。

(3) もっとも、貸主が借主に金銭交付の方法として約束手形を交付する場合の消費貸借には、次のような問題点もある。

<1> 手形を交付したときに、手形の額面金額について消費貸借が成立するのに、貸主はその時点では現金を必要としないこと。

<2> 借主が手形を他で割り引いた場合には、割引料を控除した残額についてしか手元に残らないこと。

<3> それにもかかわらず、借主は、手形の交付を受けたときを基準に、手形金額に対する利息金、遅延損害金を支払わなければならないので、利息制限法の最高利率による消費貸借では、これを越えた同法違反の超過利息が生じることにならないか。

(4) しかし、このような問題点の関連では、手形の満期までの期間(サイト)があまりにも長期であるなど、借主にとって、著しく不利益な消費貸借の内容となる場合には、むしろ、前示(二)(3)で考察した特段の事情がある場合として、その手形は額面金額の金銭と同一の経済的価値があるものとはいえず、手形交付の時点で、手形金額の一部については格別、その全額について消費貸借が成立したものといえないであろう。

庶民金融の場では、消費貸借の方法として、貸主が借主に対し貸主振出の手形を交付し、借主が同手形を第三者のもとで割り引く方法による消費貸借が、頻繁に行われている。その場合にも、借主が貸主に対し、手形の交付を受けた日から利息金を支払うのが通例である。この場合、控訴人のような考えでは、当事者間で利息の約定をしても、借主が貸主に対し満期に手形金を支払えば、貸主は借主から一円の利息金も受領できないことになる。そのような結論は、消費貸借を締結した貸主・借主双方の意思とは大きくかけ離れてしまう。

やはり、手形の交付があったときから利息が発生し、借主が満期に手形金を支払わず、貸主が手形を決済したときは、満期の翌日から遅延損害金が発生すると解さざるを得ない。

(5) ちなみに、本件においては、被控訴人は、本来、本件各手形を交付した日(本件一五〇〇万円の手形については平成二年一二月二五日、本件一〇〇〇万円の手形については同月二七日)からの利息金を請求できるのに、これを請求せずに、本件手形の満期(本件一五〇〇万円の手形については平成三年四月三〇日、本件一〇〇〇万円の手形については同年一月二六日)の一日分についてのみ、利息金を請求しているに過ぎない(抗弁5項に対する被控訴人の認否(一)の(1)(2)の各<1>)。

以上のとおり、本件については、手形の経済的価値を否定すべき程の特段の事情(前示(二)(3))があるとは認められない。したがって、被控訴人が本訴で請求しているとおりの利息金、遅延損害金が認められる。

(6) なお、控訴人は、利息制限法二条(利息の天引)の規定の趣旨からも、現実に金銭の授受がない期間に対応する利息の約定は無効であると主張する(抗弁3(一))。

しかし、利息制限法二条は、貸主が利息を天引して金銭を交付しても、天引額と交付額の合計につき消費貸借が成立することを前提として、その場合の制限利息の計算方法を定めた規定である。右規定は、手形の交付がなされただけで、現実に金銭の授受がない期間に対応する利息の約定の有効性について定めたものではない。

控訴人の前記主張は理由がない。

3  尻ナシの畑、井手ノ上の山林取引に関する不当利得金の存否

控訴人は、被控訴人が控訴人ないしは蟹田和義に対し、尻ナシの畑の取引に関して一〇〇〇万円、井手ノ上の山林の取引に関して二〇〇〇万円の不当利得金支払義務があったと主張する。しかし、これは以下のとおり認められない。

(一)  尻ナシの畑取引に関する不当利得金について

(1) 《証拠略》によると、次の事実が認められる。

<1> 控訴人は、平成元年四月二八日、蟹田和義を代理人として、深井吉三から二〇〇〇万円を借り入れ、同年六月七日、尻ナシの畑について、深井吉三を権利者とする極度額二〇〇〇万円の根抵当権設定登記をした。

<2> 控訴人は、平成元年夏ころ、蟹田和義を代理人として、被控訴人及び西尾信治の仲介により、楠秀雄に対し、尻ナシの畑を三〇〇〇万円で売却した。しかし、楠秀雄は、農家ではなかったため、尻ナシの畑について、農地法三条所定の許可を受けることができず、したがって、控訴人から所有権移転登記を受けることもできなかった。

<3> そこで、控訴人は、平成元年九月五日、深井吉三を権利者とする極度額二〇〇〇万円の根抵当権設定登記を抹消した上、尻ナシの畑について、楠秀雄を権利者とする債権額三〇〇〇万円の抵当権設定登記をした。右登記手続についても、蟹田和義が控訴人の代理人として関与した。

<4> 楠秀雄は、右平成元年九月五日までに、尻ナシの畑の売買代金三〇〇〇万円全額を支払っていた。そのうちの二〇〇〇万円は、深井吉三に対する前記二〇〇〇万円の借入金の返済に当てられた。

(2) 控訴人は、「楠秀雄が支払った尻ナシの畑の売買代金三〇〇〇万円のうち、深井吉三への支払に充てられた二〇〇〇万円を控除した残額一〇〇〇万円を、被控訴人が法律上の原因なく取得している。」、「それ故、被控訴人は控訴人に対し、一〇〇〇万円の不当利得金返還義務がある。」と主張する。

しかし、被控訴人が右一〇〇〇万円を取得したと認めるには、以下述べるような疑問点があり、他にこれを認めるに足る的確な証拠がない。したがって、控訴人主張の抗弁1(一)の事実(尻ナシの畑取引に関する不当利得金一〇〇〇万円の存在)は認められない。

<1> 控訴人は、楠秀雄に対する三〇〇〇万円の抵当権設定登記をするために、土井浩司司法書士宛の登記委任状に署名し、自己の印鑑登録証明書を同司法書士に交付している。右委任状の控訴人の氏名が控訴人の筆跡によることは、控訴人自身が控訴人本人尋問で認めている。

書証は、その記載及び体裁から特段の事情がない限り、その記載どおりの事実を認めるべきである。そうすると、控訴人は、前記三〇〇〇万円の抵当権設定登記をすることを承諾したことは明らかである。控訴人が、特段の事情もないのに、二〇〇〇万円の根抵当権設定登記を三〇〇〇万円の抵当権設定登記に変更するいわれはない。やはり、控訴人又はその代理人蟹田和義が、前示差額金一〇〇〇万円の支払を受け、あるいは一〇〇〇万円に相当する経済的利益を受けていたからこそ、右三〇〇〇万円の抵当権設定を承諾したものであると推認される。

ちなみに、証人楠秀雄は、控訴人代理人の蟹田和義から、自己宛の一〇〇〇万円と二〇〇〇万円の領収書二通を受領している、と証言している。

<2> 仮に、控訴人が右差額金一〇〇〇万円の支払を受けていないとしても、そのことから、直ちに、被控訴人がこれを領得したとはいえない。尻ナシの畑売買の仲介には西尾信治も関与していたので、西尾信治が右差額金一〇〇〇万円を領得した可能性も一概に否定できないからである。

(二)  井手ノ上の山林取引に関する不当利得金について

(1) 《証拠略》によると、次の事実が認められる。

<1> 西尾信治は、平成元年九月四日、控訴人から井手ノ上の山林を五〇〇〇万円で買い受け、平成元年一〇月ころ、これを柏木良允に一億一〇〇〇万円で売却した。被控訴人は、西尾信治・柏木良允間の売買に仲介人として関与した。

西尾信治は、平成元年一二月二八日までに、右売買代金一億一〇〇〇万円全額を受領した。蟹田和義は、西尾信治から、右一億一〇〇〇万円の中から、数千万円の融資を受けた。

<2> ところで、西尾信治は、柏木良允に対し、実測面積は五〇〇〇坪あると言って、井手ノ上の山林を売却していたが、平成二年一月初めになって、実際は二四七三・七二坪しかなかったことが分かった。

そこで、西尾信治は、井手ノ上の山林の売買代金を、一億一〇〇〇万円から五六〇〇万円に五四〇〇万円減額することになった。その減額分五四〇〇万円は、井手ノ上の山林を柏木良允に紹介した楠秀雄が、西尾信治に代わって柏木良允に対し、一時的に立て替えて支払った。

<3> 楠秀雄は、平成二年一月一一日、西尾信治から、被控訴人を通じて三五二四万六〇〇〇円の支払を受けたが、残余の一八七五万四〇〇〇円については、蟹田和義が負担することになった。

蟹田和義は、前記負担金の支払方法として、平成二年六月二〇日、楠秀雄に対し、父蟹田義一名義の津名郡東浦町楠本字スベリ石三〇六八番二の山林(以下「スベリ石の山林」という。)を、時価三二〇〇万円よりかなり低額の一二〇〇万円の価額で売却した。

<4> 楠秀雄は、平成五年一二月、本州四国連絡橋公団に対し、スベリ石の山林を三二〇〇万円余りで売却した。しかし、スベリ石の山林には、岸本勝裕の抵当権が設定されていたことから、岸本が右売却金から一五〇〇万円を取得した。

そのため、楠秀雄は、スベリ石の山林取引によっては、右三二〇〇万円から一二〇〇万円と一五〇〇万円を控除した五〇〇万円の利益しか出ず、前記立替金一八七五万四〇〇〇円中、右五〇〇万円の金額しか回収できなかった。そこで、蟹田和義は、平成六年二月三日、楠秀雄に対し、井手ノ上の山林取引に関する負担額について、同日現在でなお一五〇〇万円の債務が存在することを確認する旨の、債務確認書を差し入れた。

(2) 証人蟹田和義は、「被控訴人及び西尾信治が、柏木良允に井手ノ上の山林を売却し、同人から代金一億一〇〇〇万円を受領した。」、「したがって、被控訴人には、柏木良允に対する売買代金の減額金五四〇〇万円の返還義務、すなわち、楠秀雄に対する立替金五四〇〇万円の返還義務があった。」と証言するが、信用できない。その理由は次のとおりである。

<1> 控訴人・被控訴人間の井手ノ上の山林の売買契約書では、買主が西尾信治となっている。したがって、井手ノ上の山林の柏木良允に対する売主も、特段の事情のない限り、西尾信治であると認めるべきである。

<2> 証人楠秀雄も、柏木良允から代金一億一〇〇〇万円を受領したのは、西尾信治及び蟹田和義であり、被控訴人は受領していないと証言している。

<3> 蟹田和義は、平成二年一月一一日、楠秀雄に対し、「楠秀雄が負担した井手ノ上の山林取引に関する立替金の未回収分については、蟹田和義が、スベリ石の山林を楠秀雄に譲渡することによって、支払うことを確約する。」旨の覚書を差し入れている。右覚書には、被控訴人が立会人として署名している。

もし、被控訴人に、楠秀雄に対する立替金の残金一八七五万四〇〇〇円の支払義務があったのなら、蟹田和義が、楠秀雄に対し、右確約書を差し入れることなどあり得ないし、被控訴人が、保証人としてではなく、単なる立会人として右確約書に署名するに止まる筈がない。

(3) 以上の(1)(2)の認定判断によると、井手ノ上の山林取引に関し、柏木良允から代金一億一〇〇〇万円を受領したのは西尾信治であり、被控訴人は単なる仲介人に過ぎなかった上、右一億一〇〇〇万円のうちの数千万円について、蟹田和義が、西尾信治から融資を受けることにより、受領していたというべきである。

そこで、売買代金減額に伴う楠秀雄の立替金の残金一八七五万四〇〇〇円を、蟹田和義が同人に対し支払うことを約束したのである。しかし、蟹田和義は、現在まで、楠秀雄に対しては数百万円しか弁済できず、楠秀雄に対し、一五〇〇万円の支払義務が残存しているのである。

したがって、被控訴人は、井手ノ上の山林取引に関して、蟹田和義ないしは控訴人に対し、不当利得金返還義務がないことが明らかである。控訴人主張の抗弁1(二)記載の事実(井手ノ上の山林取引に関する不当利得金二〇〇〇万円の存在)は認められない。

(三)  五三五〇万円の借用証書の差入れについて

(1) 次の各事実は、証人蟹田和義も大筋で認めている(前記1(四)(1))。

<1> 控訴人が、本件各手形の支払期日に、被控訴人に対し、本件各手形金を支払うことができなかった。控訴人は、被控訴人に対し、本件各手形金以外にも、数件の取引を通じて二千数百万円の債務があった。

<2> そこで、蟹田和義は、控訴人の代理人として、平成三年四月三〇日、被控訴人に対し、本件各手形の金額合計二五〇〇万円も含めて、五三五〇万円の借用証書を差し入れた。

<3> 右五三五〇万円の金額は、控訴人・被控訴人間の平成三年四月三〇日現在での債権債務関係について、控訴人代理人の蟹田和義と被控訴人とが確認し合って算出した金額である。

(2) 被控訴人が、平成三年四月三〇日当時、蟹田和義や控訴人に対し、尻ナシの畑、井手ノ上の山林の取引に関する不当利得金返還義務が三〇〇〇万円もあったのなら、蟹田和義が被控訴人に対し、前記五三五〇万円の借用証書を差し入れる筈がない。

(四)  自宅を担保とする六〇〇万円の借入について

《証拠略》によると、控訴人は、平成三年五月二日、控訴人の自宅を担保に、被控訴人から六〇〇万円の融資を受けていることが認められる。

もし、蟹田和義ないしは控訴人が、被控訴人に対し、前示三〇〇〇万円もの不当利得金返還請求権を有していたのであれば、控訴人は、控訴人の自宅を担保に、被控訴人から、六〇〇万円の融資を受けることなどあり得ない。

4  小括

(一)  以上の1ないし3の認定判断によると、請求原因2項の(一)(二)(三)(四)記載の事実が認められ、抗弁1項ないし4項は理由がない。

(二)  そして、控訴人は、被控訴人に対し、本件消費貸借契約に基づき、次の元金・利息金・遅延損害金の支払義務があったことが認められる。

(1) 本件一五〇〇万円の手形による借入分

<1> 元金一五〇〇万円。

<2> 少なくとも、一五〇〇万円に対する年一割五分の割合による利息金一日分。

<3> 平成三年五月一日から完済まで年三割による約定遅延損害金。

(2) 本件一〇〇〇万円の手形による借入金

<1> 元金一〇〇〇万円。

<2> 少なくとも、一〇〇〇万円に対する年一割五分の割合による利息金一日分。

<3> 平成三年一月二七日から完済まで年三割の割合による約定遅延損害金。

三  本件譲渡担保契約の締結、その実行手続、清算金額等について

1  本件譲渡担保契約の締結

《証拠略》によると、請求原因3項(一)記載の事実が認められる。

証人蟹田和義は、控訴人本人は、本件譲渡担保契約の締結を否認するが、全く信用することができない。その理由は、前記二1(一)(二)(三)で認定判断したとおりである。

2  本件仮登記の設定・効力、譲渡担保権の実行等

(一)  《証拠略》によると、請求原因3項(二)記載の事実が認められる。

請求原因3項(三)記載の事実は、当事者間に争いがない。

(二)  控訴人は、譲渡担保と仮登記担保とは、全く異なる法形式であり、本件譲渡担保契約に基づきなされた本件仮登記は、実体に合わないもので無効であると主張する(請求原因3項(二)についての控訴人の認否)。以下右主張について検討する。

本訴対象地は農地であるところ、農地の所有権移転には農地法上の許可を必要とする。そのため、農地について譲渡担保契約を締結しても、農地法上の許可を得ていなければ、譲渡担保契約時に所有権移転の効果を生じることはなく、所有権移転登記をすることもできない。そこで、農地を対象とする譲渡担保の場合は、譲渡担保契約上の権利を確保するため、所有権移転登記に代わり、売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を経るのが通例である。

そして、不動産譲渡担保契約上の権利を確保するため、所有権移転請求権仮登記がなされた場合に、当該仮登記は有効であることは当然であるが、これを前提として、仮登記が経由された不動産譲渡担保権の実行につき、仮登記担保法が類推適用されるか否かが問題となる。

思うに、所有権の移転について農地法上の許可がない段階で、農地を対象とする譲渡担保契約上の権利を確保するため、売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記がなされている場合には、仮登記担保法一条所定の仮登記担保契約が締結された場合とは、その担保権の機能、実質的法律関係が酷似する。したがって、これについては、仮登記担保法の規定を類推適用するのが相当である。

以上の説示からも明らかなごとく、本件仮登記が有効なものであることに疑問の余地はない。

3  清算金の有無及び金額

(一)  清算金算定の基準時点について

被控訴人は、平成四年八月二六日、控訴人に対し、仮登記担保法二条所定の清算金の通知をしている。

そして、本件についても、仮登記担保法三条一項、二条一項を類推適用するのが相当と解するので(前記2(二)、平成四年一〇月二七日(前記通知の日から二か月を経過した時点)を基準として、本訴対象地の評価額が、本件消費貸借契約上の元金及びその利息金、遅延損害金の合計を越えるときは、その越える金額が清算金となる。

(二)  本訴対象地の評価額について

不動産鑑定の結果によると、平成四年一〇月二七日時点での評価額は、本訴対象地1が六四二万円、本訴対象地2が七四五万円、本訴対象地3が一一一四万円、本訴対象地4が一一九四万円で、以上合計三六九五万円であることが認められる。

(三)  本件消費貸借契約上の債権額について

(1) 本件一五〇〇万円の手形による借入分(前記二4(二)(1))

<1> 元金一五〇〇万円。

<2> 一五〇〇万円に対する年一割五分の割合による利息金一日(平成三年四月三〇日)分 六一六四円。

<3> 平成三年五月一日から平成四年一〇月二七日まで(合計五四六日間)の年三割による遅延損害金 六七三万一五〇六円。

(2) 本件一〇〇〇万円の手形による借入分(前記二4(二)(2))

<1> 元金一〇〇〇万円。

<2> 一〇〇〇万円に対する年一割五分の割合による利息金一日(平成三年一月二六日)分 四一〇九円。

<3> 平成三年一月二七日から平成四年一〇月二七日まで(合計六四〇日間)の年三割の割合による遅延損害金 五二六万〇二七三円。

(3) 以上合計 三七〇〇万二〇五二円。

(四)  清算金額について

以上の(一)(二)(三)の事実によると、平成四年一〇月二七日時点での本訴対象地の評価額合計三六九五万円は、同日時点での本件消費貸借契約上の債権額三七〇〇万二〇五二円よりも少ないので、清算金はない。

4  小括

(一)  以上の1ないし3の認定判断によると、請求原因3項(一)(二)(三)記載の事実が認められ、抗弁5項は理由がない。

(二)  そして、控訴人は、農地である本訴対象地について譲渡担保権を設定し、被控訴人がその権利を確保できるように、売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記をしている。被控訴人は控訴人に対し、本件譲渡担保権実行に伴う清算金の支払義務はない。

したがって、本件譲渡担保契約の内容として、控訴人の債務不履行により被控訴人が譲渡担保権を実行するときは、控訴人は被控訴人に対し、次の各義務があるものというべきである。

(1) 控訴人は被控訴人に対し、本訴対象地について、農地法三条所定の所有権移転の許可申請手続をする義務がある。

(2) 右許可があったときは、控訴人は被控訴人に対し、右許可日の売買を原因として、次の各登記手続をする義務がある。

<1> 本訴対象地1、2について、本件仮登記1に基づく所有権移転の本登記手続。

<2> 本訴対象地3、4について、本件仮登記2に基づく所有権移転の本登記手続。

四  結論

よって、被控訴人の本訴請求は理由があり、同請求を認容した原判決は結論において相当であって、本件控訴は理由がないので棄却する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 小田耕治 裁判官 紙浦健二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例